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三節 「彼女を知りたい」

Author: 桃口 優
last update Last Updated: 2025-05-20 04:33:59

 季節がまた前に進んだ。

 木々は枯れて、寂しさを感じされる。

 僕は毎日美優さんに話しかけるために家に行っている。

 それはできる限り彼女に気にかけていたいから。

 自殺衝動はなかなか完全になくならない物だ。そのことで本人も辛いと思う。

 原因を取り除いたらもう大丈夫というほど簡単なものではない。

 彼女が自殺をしそうになることは僕がいる時にはなかった。

 そして、少しずつだけど、僕たちの距離は縮まっていった。もちろん、だからといって完全には安心はできない。

「美優さんの好きなことってなんですか?」

 今僕たちは彼女の部屋で、話をしている。

 テレビやこたつがあるだけのシンプルな部屋だ。

 彼女は上を見上げ、考えているようだ。

 僕は彼女が話すまで決して急かさないことにした。じっと待つことにしている。どんな感情でも彼女の思いや気持ちを止めたくないから。

 まだまだ彼女のことで、知らないことが多い。

 今まで二人の人を看取った経験から、何かをやらないで後悔するのはもう嫌だった。

「うーん。特にないかな。最近はやる気も出ないし」

 彼女は少し申し訳なさそうにそう言った。

「ないと辛くないですか?」

「もうそんな感覚もわからなくなっちゃったかな」

「そうなんですね。美優さんがよければですが、またゆっくり探してみませんか?」

「気が向いたらね」

 彼女は完全には否定はしなかった。

 だこらこそ、僕はもう一歩踏み出してみた。

「もしよければ、自殺したいと思う理由を教えてもらってもいいですか?」

「それは……」

 彼女は急に落ち着きがなくなった。

「大丈夫ですよ。今じゃなくてもいいし、もし話せたらいいですから」

「うん。色々あるけど、辛いことが重なったからかな」

「教えてくれてありがとうございます」

「そんなお礼を言われるようなことを言っていないよ」

「そんなことないです。美優さん今確かに頑張ってくれました。辛いと言うこと自体大変なことですから」

「そうなんだね」

 彼女にイマイチ響いている感じはしなかったけど、今はそれでもいいかと僕は思った。

 ゆっくり生きていくことは決して悪いことではないから。むしろ、多くの人は生きることを急ぎすぎている。

「じゃあ、嫌いなことはなんですか?」

「それは話出すととまらないぐらいあるよ。いいの?」

「はい。いいです。僕はどんなことでも、何
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  • 寄り添う者   三節 「彼女を知りたい」

     季節がまた前に進んだ。 木々は枯れて、寂しさを感じされる。 僕は毎日美優さんに話しかけるために家に行っている。 それはできる限り彼女に気にかけていたいから。 自殺衝動はなかなか完全になくならない物だ。そのことで本人も辛いと思う。 原因を取り除いたらもう大丈夫というほど簡単なものではない。 彼女が自殺をしそうになることは僕がいる時にはなかった。 そして、少しずつだけど、僕たちの距離は縮まっていった。もちろん、だからといって完全には安心はできない。「美優さんの好きなことってなんですか?」 今僕たちは彼女の部屋で、話をしている。 テレビやこたつがあるだけのシンプルな部屋だ。 彼女は上を見上げ、考えているようだ。 僕は彼女が話すまで決して急かさないことにした。じっと待つことにしている。どんな感情でも彼女の思いや気持ちを止めたくないから。 まだまだ彼女のことで、知らないことが多い。 今まで二人の人を看取った経験から、何かをやらないで後悔するのはもう嫌だった。「うーん。特にないかな。最近はやる気も出ないし」 彼女は少し申し訳なさそうにそう言った。「ないと辛くないですか?」「もうそんな感覚もわからなくなっちゃったかな」「そうなんですね。美優さんがよければですが、またゆっくり探してみませんか?」「気が向いたらね」 彼女は完全には否定はしなかった。 だこらこそ、僕はもう一歩踏み出してみた。「もしよければ、自殺したいと思う理由を教えてもらってもいいですか?」「それは……」 彼女は急に落ち着きがなくなった。「大丈夫ですよ。今じゃなくてもいいし、もし話せたらいいですから」「うん。色々あるけど、辛いことが重なったからかな」「教えてくれてありがとうございます」「そんなお礼を言われるようなことを言っていないよ」「そんなことないです。美優さん今確かに頑張ってくれました。辛いと言うこと自体大変なことですから」「そうなんだね」 彼女にイマイチ響いている感じはしなかったけど、今はそれでもいいかと僕は思った。 ゆっくり生きていくことは決して悪いことではないから。むしろ、多くの人は生きることを急ぎすぎている。「じゃあ、嫌いなことはなんですか?」「それは話出すととまらないぐらいあるよ。いいの?」「はい。いいです。僕はどんなことでも、何

  • 寄り添う者   二節 「死にたい」

     川嶋 美優。 三十五歳。 ネガティブで、極度に自分に自信がない。 それは、彼女の幼い頃に原因があるようだ。 彼女の親は、彼女が小学生の時に離婚する。母親が再婚した際に、母親はそれが当たり前であるかのように新しいパートナーとの生活だけを選んだ。父親も親としての責任を全く果たそうとせずダメな人だった。彼女を躊躇うことなくある施設に預けた。いや、両親が彼女を捨てたと言っても過言ではない。 彼女は、それっきり両親と一度も会っていない。会いたいかどうかもわからない。いや、こんなことをされて良い感情で、会いたいと思う人はいないだろう。 子どもの世界には親しかいない。 そんな無条件に愛していた親が突然いなくなる感覚はどれほどのものだろう。とても他人がわかるようなものほど簡単な感情ではないだろう。 その後、彼女はその孤児院で育つ。 学生時代、ずっといじめにあう。人と違うことは本来おかしなことじゃないのに、子どもの無邪気さはよく鋭利な刃物になる。子どもたちは自分たちと違うところを見つけると、すぐに攻撃したり仲間はずれにする。それを『無邪気』という言葉で、片付けていい気が僕にはしない。 彼女には友達は一人もいない。 好きな人ができても、本当にこの人はいい人なのかとどうしても疑ってしまい、恋を前に進めさせることが一度もできなかった。 彼女の人生は、どの角度から見ても不幸に埋もれていた。 困っているときに誰も彼女を助けてくれる人はいなかった。相談に乗ってくれる人さえもいなかった。 心と体に傷をおっても、さらにどんどん孤独になっていくだけだった。負の出来事は残念ながら連鎖を起こすことが多いから。 彼女は、傷だらけでもう空っぽで、独りっきりだった。 人は、信じられるものがあるから辛い時も頑張れる。 彼女にとって、それはまだあるのだろうか? ただ耐えるだけの人生だったとしたら、僕に何ができるか頭をフルで働かせた。「あなた、私の何を知ってるの?」 彼女はキリッとした目つきで僕を見てきた。 彼女からしたら、いきなり自殺を止められたことになる。きっと今はなんとも形容し難い不思議な気分だろう。 まずは少しでも話せるようになりたいと僕は思った。そうでなければ、彼女の自殺を止めることは到底できないだろうから。 ひとまず高層マンションから外に出た。 空を見上

  • 寄り添う者   一節 「川嶋 美優のお話」

    「私、今から死にます」 とんでもないことを突然言い出した彼女の名前は、川嶋美優という。 それは日が沈もうとした夕方のことだ。 空気がなんだか張りつめている。 彼女は高層マンションの屋上で、目が合うといきなりそう話しかけてきた。 彼女は、話している内容とは全然合わない軽い話し方で話してきた。 それは、僕にというよりは自分に語りかけているような喋り方だった。 まるで自分の不安を取り除くような感じだった。 彼女はそれほどまでどんなことを考え、何を恐れているだろうか。「待ってください。話があります」 彼女がいきなりなんの脈絡もなく、死ぬと言い出したから、僕は驚いた。 彼女とは初対面だ。知りもしない人に、死ぬなんてたぶん普通は言わない。 これは僕が彼女の行動を否定しているわけではない。あくまで、一般論だ。 全てを普通と合わせる必要はないと思うけど、ある程度の指標というか感覚的なものは大事な時もある。 それに、僕には、彼女にちゃんと用があった。 だから呼び止める必要があった。 僕の話なんて全く聞かず、彼女はどんどん前に歩いていく。 彼女の体は、白くて細い。 その色は、自由を求めて飛ぶ鳥のようだ。 彼女にとって死とは自由なのか。または、何かからの解放なんだろうか。 下手に刺激しすぎても、彼女は混乱して本当に飛び降りてしまうかもしれない。 だから、僕は彼女のあとを静かについて歩いた。 屋上は静かで、彼女のカツカツという靴の音だけが響いている。 緊張感がどんどん高まっていく。 あっという間に、彼女は先にある落下防止用の柵のところまでたどり着いた。「話だけでも聞いてくれませんか?」 僕は懸命に話しかけていたけど、ずっと無視されていた。 彼女の歩みを止めるものは何かないのだろうか。 僕は言葉を探す。 言葉に力があるかまだ僕にはわからない。でも、僕は特別すごいものをもっていないから、言葉に頼るしかない。 尊くんのことが頭に少し浮かんだ。 有刺鉄線などはされておらず、柵は簡単に上ることが出来るようになっている。 彼女は背の低い体を目一杯伸ばして、柵に手をつき、乗り越え細い縁に立った。 そこでしばらく下を見ていた。 彼女は今何か考えているのだろうか。 僕は自殺について最近調べた。 自殺の中で、どれが一番苦しまずに死ねるかと

  • 寄り添う者   五節 「決して忘れない」

     太陽の光りが差し込んできている。こんなに晴れたのはいつぶりだろう。「必ず個展を成功させますから」 僕ははっきりとした声でそう言った。 とうとう彼の最期の日がやってきた。 彼だって自分の体調のことはわかっているはずだ。 やはり今回も避けることができなかった。 僕にはどうしようもできないことはわかっているけど、やっぱり苦しかった。 僕にはこんなことしかすることはできないのだろうか。こんなことが相手にとって何のためになっているのだろう。 僕のしていることに意味があるのだろうか。 本当は看取るのではなく、命を救いたい。 看取る人の内面を知れば知るほど、そう強く感じた。 でも、その仕方を僕は知らない。 彼が前に言った「助けて」という言葉がずっと頭に張りついて離れない。 僕はするべきことをしようと彼を見つめた。 彼はベッドで横になっている。体はもうほとんど動かせない。 部屋には、絵の具の匂いが変わらず漂っている。 それは彼がここで生きてきたことを強く証明していた。 僕は彼にそう伝えると、手を少し動かした。 彼は本当に孤独ではなかったのだろうか。 夢をひたすらに追いかけ、僕とたまに話をして、少しでも安心できただろうか。 そんなことを考えずにはいられなかった。 僕にはまだできることがある。 それは、言葉をかけることだ。 そして、彼が亡くなっても、個展を開くことだ。 彼が生きた証であり努力の成果であるから。 個展だけは何が何でも開く。 彼こ絵が評価される可能性もあるからだ。 僕はきっと彼の努力を無駄にしたくないのだと思う。   でも、たとえ誰かに評価されなくても彼の生きた姿は僕がしっかり心に焼き付けている。 僕が話しかけていると、彼は小さく頷いた。「きっとたくさんの人が来てくれますよ。だって目玉はあの絵ですからね」 僕はとびきりの笑顔をみせた。 彼が最後に描いた女性と子どもが笑いあっている絵を目玉にした。あれは彼の魂のような作品だから。 むしろ、それ以上にいいものはないと素人の僕でさえわかる。 彼が笑っているように見えた。「僕は尊さんが正真正銘の画家だったと思います」  僕はゆっくりと話を続ける。「絵に対する情熱。ひたすらに絵だけに向き合ってきた人生。人を魅了する実力。それを備わっているのに、『画家』と呼ばず

  • 寄り添う者   四節 「生きたい」

     僕はある日彼に個展を開きませんかと提案した。 彼のためにもっと何かしたいと思っているし、彼の実力なら、他の人も賞賛するはずだ。 最近風が強く、天気も悪い。 彼の方を見ると、彼は涙を流していた。 絵も描かず、なぜ泣いているのだろう。  それからすぐに涙を拭いて、返事をしてくれた。 一体どうしたのだろう。「簡単に言うけど、俺は何のコネもないよ?」  彼の言っている『コネ』とは、所謂芸術関係者や会場を貸してくれる人との繋がりだ。「それは僕が用意するので、安心してください。煩わしいことは全部僕がやります。尊君はいつも通り絵を描いていたらいいんです」「えっ、任せちゃっていいの? じゃあもちやりたいよ。画家への一歩だからね」 彼は嬉しそうしていた。 彼は感情が表に出やすい。きっと素直なんだろう。「はい、任せてください」 個展の準備はもちろんしたことがなかった。しかし、何としてもすると思った。 彼の言う通り、個展は画家への大きな一歩だ。画家として食べて行くためには、どこかで賞をとったり作品が有名な人や影響力のある人の目に留まることも必要になってくる。 それらを得る絶好の機会が個展なのである。 画家になるにはいくつかの方法がある。海外に行ったり、パトロンを見つけて援助してもらったりなどである。 しかし、画家として幸せで楽しいのは個展だと僕は感じていた。絵はたくさんの人に見られてこそ輝くから。 また、彼の夢である自分の絵を見て幸せになってほしいというのを叶えられる可能性もある 彼を一歩でも画家に近づけてあげたかった。もちろん夢も叶えてあげたい。 僕は急いで、準備をし始めた。 しかし、事態は思うようにはいかなかった。 ある日のことだった。 僕はいつも通り、絵を描いている彼を見ながら、コーヒーを作っていた。彼が絵を気持ちよく描ける空間作りも僕の役目の一つだ。「生きたいよ」 彼は急に筆を置いて、僕を見つめてきた。 急にどうしたんですかという言葉を僕はぐっと飲み込んだ。毎日死に直面してる彼にとってそれはきっと突然ではなく、いつも思っていることだろうから。 それを口にするのはあまりにも彼に失礼すぎる。「歩、俺もっと生きたいよ! だってしたいことがまだまだある。描きたい絵だって山ほどある。個展を開いたら、また新しい個展をすぐに開きたい

  • 寄り添う者   三節 「幸せな絵」

    「何かしたいことはありませんか」 僕は彼に話しかけた。 彼に話しかけた時、彼は大概絵を描いている。こっちを振り向くことはないけど、話はちゃんと聞いてくれる。 集中が途切れないように、僕はその態度にあえて触れないようにしている。 彼には時間が絶望的に足りないから。 もちろん『死ぬ前に』という意味が前につくのたけど、それは言わない。 これは、生きることに対して前向けな話し合いなのだから。 彼は少し何と言おうか悩んでいるようだ。 僕はその間に彼の絵を描くスペースの周りを綺麗しようと思った。 まず、部屋の窓を開けた。 彼の部屋はあまり換気されておらず、空気がこもっているから。 看取り方について、自分の中で変化が起きていた。  看取る人に、そして看取る人の周りのことに、もっと積極的に関わろうと思った。 淑子さんを看取ってから、僕の中ではずっと後悔が残っている。もっと積極的に関わっていればよかったなと感じていた。もっと何かできたのではないかという思いがよく頭によぎってきている。 それができていれば、淑子さんの最期はもっといいものだったかもしれない。 だから、僕はどんどん彼に話しかけた。 今度は後悔したくないし、彼のことをもっと考えたいから。 彼は今床にはうつぶれになっている。 骨肉腫の痛みで、長時間立っていたり座っているのが辛いらしい。 最近は麻痺もでてきている。 それでも彼は時間があれば絵を描いている。 その強い意思は本当にすごいと思う。「うーん、この絵を完成させたい」 彼は、僕が前に気に入った絵を指差した。 彼の手は、絵の具など黒く汚れている。いつも絵を描いているから洗っても落ちないのだろう。 やはり彼のしたいことは絵なんだなと僕は感心した。 彼を突き動かしているのは、絵への情熱に間違いない。 彼にとって生きることとは、絵を描くことのようだ。「あの素敵な絵ですね。どうしてまだ完成ではないんですか?」 絵についてももちろんあれから調べた。 調べるほどに絵画は深くなかなか難しい。  この絵が何をもって完成するかは作者次第だろう。 でも、僕にできることはないだろうか。「ほぼ完成してるんだけど、この二人の感情がいまいち描けなくてね」 この二人とは、絵の中にいる女性と子どもだろう。「特別思入れがある作品なんですか

  • 寄り添う者   二節 「夢」

     爽やかな風が心を少し暖かくする。「俺は画家になりたい」 彼の家に着くと、彼は挨拶をするかの口調でそう話してきた。 突然のことに少しびっくりした。 でも、その顔は絵を描くのが本当に好きなのがよくわかる表情だ。 彼は、目には力があり長身で痩せている。しかも、無精髭を生やし、髪もボサボサだ。 大抵の人が描く画家の姿を彼はしている。 案の定、数日前に髭の話を聞いたら、「画家らしく見えるだろ?」と彼は笑っていた。 絵の具の匂いが部屋から充満している。 彼の家はアパートで、広いとは決して言えない。 その家にはたくさんの絵が乱雑に置かれている。 全て彼が描いたものだろう。「俺の絵を見て、幸せな気分になってほしい。俺の絵が誰かの人生に影響を与えられたら嬉しいな」 僕は絵について今まで興味はなかったけど、確かにどこか心打たれるものがあった。 興味がない人の心を動かすとは、きっとかなりの実力があるんだろう。 人は興味のないものには、見向きない生き物だから。「確かに、どれも美しい色だし、幸福な気持ちにしてくれますね。この色合いがすごいですね。どこかで習ったんですか?」 今までであまり見たことのない淡くて優しい色合いとタッチだ。 それが全体とうまく調和して絵に温かい雰囲気をだしている。「あざます。さすが、歩はわかってるね。いや、全部独学だよ。絵は誰に教えられるより楽しくやりたいからさ」 年下の彼に呼び捨てで呼ばれて変な感じがした。 今の子はこれぐらいフランクなんだろうか。 まあ僕のことを多少は認めてくれているようだからいいかと思った。「それでこの実力はすごいです。特にあの女性の絵は素敵です」 僕は長い髪の女性と子どもが向かいあって笑っている絵を見て言った。「あれはまだ完成してないよ」「それは失礼しました」 僕はたくさんある絵の中で、その絵がなぜか気になった。 どこか異質な光を放っていたから。 彼はそれからまた絵を描き始めた。 彼はとても大きな夢を抱いていた。 それは彼を孤独から救う力になるかもしれない。何かの糸口になるかもしれない。 夢とは誰もが一度は描くものだと思う。 でも大抵の人は、何かしら理由をつけて諦めてしまう。 小学校の卒業文集に書いた夢を実際に叶えた人はほとんどいないだろう。 それが全て悪いとは言わない。年

  • 寄り添う者   一節 「新堂 尊のお話」

     僕には人がいつ、どのように死ぬかわかる。 まず急に頭の中でたくさんの声がする。その声に意識を向け、その一つを触るイメージをするとその人の細かい情報がさらにわかる。 その情報から、孤独死する人を見つけ出し、僕はその人の元に向かう。 たくさんの人がまもなく亡くなることがわかるのだけど、その全ての人の元に僕は現実的にいけないし、それは僕がしようとしていることと違うことだ。 そうやって僕は孤独死する人を見つけている。 今回は、ある若い男の人の元に行くことに決めた。 新堂 尊(しんどう たける) 十八歳。 努力家で、楽天的。 一人っ子で兄弟はいない。 自分の夢を追いかけたいと言い、親に勘当される。 その後親族の誰とも連絡をとっていない。 今は山に囲まれた自然が豊かところで、一人暮らしをしている。 元から友だちはあまりいない上に、人里離れたところにいるから誰かと会うことすらほとんどない。 結婚はしていないし、恋人もいない。 淑子さんとは違い、愛とは無縁の人かなと僕は感じた。 骨肉腫がステージ4で、もう命は長くない。 そのことは誰にも言っていないらしい。 病院には告知を受けた後は一度も行っていない。ずっと家にいる。 彼もまた独りっきりだった。 しかもこんなに若いのに、死ぬ運命になっている。 これからしたいことなんて山のようにあると思う。 それができない辛さは、底が見えない谷のようだと感じているだろう。 ほかの人は普通にできるのに、自分にはそれができないなんて悔しいだろうから。 僕はまた黒いファイルから情報を事前に得てから彼の元に向かっていった。「はじまして、新堂 尊君。僕は二階堂 歩といいます。いきなりですが、あなたの最期を看取りに来ました」 僕はいつも夕方に人に会いに行く。夕方は、朝でもなく夜でもない曖昧な時間だから。 死というはっきりしたことと向き合うには、曖昧さがある方がいいと僕は考えている。 季節は秋になり、コスモスが咲いている。 何があっても時間は進んで行くのだなと僕は感じた。 淑子さんはちゃんと学ぶさんに会えているだろうか。 会えていたらどんなお話をしているのたろうか。「どういうこと?」 当たり前だけど、こんな風に話しても、信用してもらえない。ただの怪しくて変な人だと思われる。 それでも僕は話

  • 寄り添う者   五節 「最期の日」

     彼女を看取る日がやって来た。 天気は驚くほどにいい。 今日彼女が死ぬ。 それはどうしようもできない現実なのだ。 今日は少しだけ日差しが優しい気がする。 いつものように朝の挨拶をしたけど、彼女の返事はもう声になっていなかった。 それでも笑顔を作ろうとする彼女が痛々しかった。 気を使わなくていいと思った。 彼女はいつも平気そうな顔をしている。  その行動が余計に僕の胸を苦しめた。 そして、それはある人と被るのだけど、僕は意識してその感情を今は心に奥にしまった。 今思い出したら、きっと彼女を看取ることに全神経を向けられないから。 僕は頬を叩き、彼女の方を向いた。 彼女はこの頃食事もとらないし、一日寝ていることが多い。 学さんの顔がいつでも見えるように、ベットの近くに写真を置いてある。 僕はいつものように声をかけた。「淑子さん」 声をかけることが、彼女を孤独から救う手段だと思ったから。 まだ僕は孤独についてほとんどわかっていないけど、本心から彼女にそうしたいと思った。 ちなみに、最期の瞬間を病院ではなく、家で迎えたいと思う人が割合的にかなり多い。 今では彼女の意思はわからないけど、彼女もきっとそう言うだろうとわかった。 この家はご主人との思い出がたくさん詰まっているだろうから。 もっと早くに彼女と出会いたかったなという気持ちが今更になってわいてきた。 それでも、僕は再度彼女の顔を見た時、彼女に出会えてよかったと思った。 それは、綺麗事じゃない。 彼女は愛のために生きようとしていた。 その思いを、ちゃんと感じることができたのだから。僕は彼女のそばにいられて本当によかった。 彼女の思いを胸に抱え、僕は彼女に語りかけた。 彼女が僕に向けてくれる優しい笑顔を思い浮かべながら、それをまねた。あなたは独りじゃないという思いを言葉に込めた。「淑子さん、学ぶさんときっと会えますよ。次会えたら好きだと言ってくれますよ」  人が聞けば、なんの根拠もないと思うだろう。 無責任だと感じる人もいるかもしれない。 でも、彼女に希望を与えることはおかしなことではないと僕は思っている。 そして、僕は二人の愛を信じている。 彼女の目から涙がすーっと落ちた。 僕は、彼女の手に優しく手を添えた。「今よりも幸せになってくださいね」 太陽の

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